言葉の力歳月記

話題の言葉、心に残る言葉・名言・名句・名台詞・俳句・短歌・詩、新語などを季節とともに学びながらお知らせしています。

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ブラジル代表でキャプテンを務めたMFアレックス(37)の引退試合でバニシングスプレーの素敵な贈り物

引退試合の恒例になるか…バニシングスプレーの粋な使い方

 シドニー五輪ブラジル代表でキャプテンを務めたMFアレックス(37)の引退試合が行われた。その試合で見せた主審の粋な計らいが称賛されている。

  アレックスは1977年9月14日生まれの37歳。1995年に母国ブラジルでプロキャリアをスタートさせると、2003年から在籍したクルゼイロで才能が開花。2004年から2012年まで在籍したフェネルバフチェではエースとしてクラブに数々のタイトルをもたらした。ブラジル代表としては、2000年のシドニー五輪に出場。A代表キャップも48を数えている。昨年12月に現役引退を表明した。

  サンパウロで行われた引退試合には、37歳のレフティーにゆかりのある選手が集結した。話題となっているのは前半40分、ピッチ中央部でFKを獲得した際に、アレックスがボールをセット。すると、主審を務めたサルビオさんはバニシングスプレーを取り出し、徐に文字を書き出す。浮かび上がったのは「ALEX」の4文字。これにはアレックスも笑顔を見せ、会場中が大拍手で包まれた。この場面については、『デイリーメール』や『メトロ』など、欧州各メディアもこぞって取り上げている。

  なお、この試合でアレックスは2ゴール1アシストの活躍を見せて、有終の美を飾っている。

★バニシングスプレー
バニシング・スプレー(Vanishing spray)とは、スポーツ、特にサッカーの試合において、主審が一時的なマーカーとしてフィールドに噴霧するスプレーである。

名称は直訳で「消えるスプレー」の意味。「バニシング・フォーム(Vanishing foam)」=「消える泡」という呼称もある。

概要
その使用は競技規則に定められているわけではなく、各国のリーグや大会の判断により採用が決められる。このスプレーを使用すると、白い泡が噴霧されてフィールド上に線を描くことができる。この泡による線は気象条件により多少前後するものの、おおよそ1分から数分程度で完全に消えてしまうため、後のプレーに影響を与えることはない。

主な使用目的は、得点の可能性が高いゴール前のフリーキックにおける攻撃側と守備側の距離の確保である。ルール上、守備側はフリーキックが行なわれるスポットから最低10ヤード(約9.15メートル)は離れなければならない。

主審はボールのスポットと、そこから10ヤード離れたラインをバニシング・スプレーを使ってマーキングし、選手をそのマークの位置に従わせてからフリーキックの笛を吹く。これにより、攻撃側がよりゴールに近い位置にボールを置くことや、守備側の壁がルールを破ってキッカーに近づくことを防止し、無駄な遅延行為を減らすことができる。

主審は試合中、スプレー缶を腰のホルスターにつけて携帯する。バニシング・スプレーを使用するか否かは主審の裁量に委ねられており、ゴールから遠い位置でのフリーキックや、クイックリスタートが行なわれる場合は通常使用されない。

科学的組成

スプレー内の液体は水(約80%)とブタン(約20%)を主成分とし、そこに界面活性剤やその他の成分が約1 - 2%加わっている。スプレーを押すと圧力の変化により膨張したブタンが小滴を形成し、それが水に包まれて泡となり地面に発射される。最終的にブタンは蒸発し、水と界面活性剤だけが残って泡は消滅する。アメリカ合衆国での特許を参照できる。

歴史

バニシング・スプレーの最初のバージョンは、1980年代に、ボビー・チャールトンフットボール・アソシエーション(FA)審判員のNeil Midgelyが所属するイングランドの会社が開発した。だがFAはこのアイデアを拒絶し、実地実験すら行なうことがなかった。また、アディダスの英国オフィスに行なった商品開発のアプローチも拒否された。

プロレベルの大会で初めてバニシング・スプレーが使用されたのは、2000年にブラジルで開催されたコパ・ジョアン・アヴェランジェにおいてである。
商用目的で初めて成功を収めたのは、2002年にアルゼンチンの起業家パブロ・シルバが開発した「9-15」という名前の製品であり、このシルバがバニシング・スプレーの正式な発明者とされる。
ただし同様のスプレーの特許は、2002年10月29日にブラジルの発明家、Heine Allemagneが取得してもいる。

「9-15」の登場以降、バニシング・スプレーは南米を中心に様々なサッカーの大会や国際試合に採用されることになった。初めて代表チームによる国際Aマッチに採用されたのは、アルゼンチンで開催されたコパ・アメリカ2011である。
さらにトルコで開催された2013 FIFA U-20ワールドカップ、マルタで開催されたUEFA U-17欧州選手権2014と、ヨーロッパで行なわれる若年代の大会にも次々採用され、遂に2014 FIFAワールドカップにおいて、「9-15」の最新型製品が正式採用された。

2014年6月12日のFIFAワールドカップ開幕戦、ブラジル対クロアチアにおいて、西村雄一主審によってワールドカップの舞台で初めてバニシング・スプレーが使用された。南米では既に大きく普及し、FIFA主催の大会でも試験採用されていたとはいえ、多くの国の人々にとってバニシング・スプレーは非常に目新しいものであり、国際的に大きな話題を呼んだ。

日本においては2014年のヤマザキナビスコカップ決勝にて試験的に採用された後、翌2015年よりJリーグ公式戦およびヤマザキナビスコカップなど主要試合にて本採用されることとなった。

Jリーグは2015年2月23日、2015明治安田生命Jリーグ公式試合において、バニシング・スプレーを導入することを発表した。
なおJ3リーグ公式戦は対象外としている

宝塚音楽学校で40人が合格、舞台への第一歩を「 朗らかに、清く、正しく、美しく」

将来のタカラジェンヌを養成する宝塚音楽学校で、29日、合格発表が行われ、難関を突破した40人が憧れの舞台への第一歩を踏み出しました。

合格発表は午前10時に兵庫県宝塚市宝塚音楽学校で行われ、在校生によって合格した40人の受験番号が張り出されました。
番号を見つけた受験生は、大きな歓声を上げて自分の受験番号と一緒に写真を撮ったり、家族や友人と抱き合って喜びを分かち合ったりしていました。
ことしは15歳から18歳までの1063人が受験し、競争倍率は26.6倍と、ほぼ例年並みの狭き門となりました。

近年、増加している海外からの受験生も含め、今年は1063人が受験。米・ニューヨークの学校出身の合格者も。40人の中には、今年4月24日に宝塚大劇場で開幕する月組公演「1789-バスティーユの恋人たち-」で初舞台を踏む101期生、芹尚英(せりな・えい)の妹、龍田実可子さんもいた。

入学式は来月18日に行われ、新入生は2年間、声楽やバレエなどの厳しいレッスンを受けて憧れの舞台を目指します。

宝塚音楽学校(たからづかおんがくがっこう)は、予科・本科合わせて2年制の、宝塚歌劇団団員養成所である。学校教育法上は兵庫県認可の各種学校となっている。


過去の名称
宝塚音楽舞踊学校

国公私立の別
私立学校

学校種別
各種学校

設置者
学校法人宝塚音楽学校

校訓
清く 正しく 美しく

設立年月日
1913年

創立者
小林一三

共学・別学
男女別学(女子のみ)

学期
2期制

概要

阪急電鉄の出資で設立した。設立者は学校法人宝塚音楽学校兵庫県知事所轄、各種学校)。

理事長は角和夫、校長は岩崎文夫(能勢電鉄取締役)。名誉校長は小林公平。副校長は2010年9月現在、今西正子。

修業年限:予科1ヵ年 本科1ヵ年 女子単学 前期(4月1日より9月末日)
後期(10月1日より3月末日)

休業日:日曜日・祝日・春季休暇(約30日間)・夏季休暇(約30日間)・正月休暇(約10日間)

授業時間:午前9時より午後5時(予科生は、授業開始前の掃除が日課)
通常、昼間は実技中心の授業、夜は個人レッスンに励む。制服:洋服(制服・制帽・コート類その他)、和服(緑の袴・黒紋付…色物着用の時もある)
校舎:延床面積3,170平方メートル 専門教室(洋舞・日舞和楽器演奏・ピアノ声楽・演劇)、ホームルーム、校長室、副校長室、職員室、応接室、保健室、会議室、講堂

モットー:「清く 正しく 美しく」(小林一三の遺訓は「朗らかに」が前置される)

特色
毎日、声楽・バレエ・日舞・琴・三味線など、劇団で必要な事柄について、みっちりレッスンが組まれている。その他の授業には、モダンダンス・タップダンス・演劇、ピアノなどがある。授業の後もすみれ寮でのレッスンがあり、忙しい毎日を送っている。

小林一三による「朗らかに、清く、正しく、美しく」の教えに基づき、礼儀作法やマナーも厳しく、早朝から予科生が稽古場を丁寧に掃除していることは有名である。
1989年より毎年全生徒が陸上自衛隊伊丹駐屯地で基本教練の研修を受けている。
かつては「女士官学校」と呼ばれるほどに厳しさは有名であった。昭和中期には現在に比べると大量の生徒を入学させていたが、同時に多数の落第者を出していた。

当時は、夏長期休暇の際にはすべての生徒が家に帰宅させられ、後日通知のあった生徒のみ後期に進めるという厳しいものだった。現在も中退者が出ることがあるが、その中には自主退学した後、復学した者もいる

「春はなぜ曙なのか」 「春は桜」でしょ

「春はなぜ曙なのか」

■2015年の桜開花宣言
●3月21日
鹿児島、熊本、名古屋で開花宣言が行われました。

●3月22日
午後6時までに6県で桜が開花しました。
静岡、高知、福岡、佐賀、長崎、宮崎の6県です。
●3月23日
東京、岐阜で開花宣言
●3月24日
高松市で24日、桜(ソメイヨシノ)が開花した。平年より4日、昨年より2日早い。
以上のようにあちこちで桜の開花が聞かれる今日この頃です。


春は桜。 夏は海。 秋は紅葉。 冬は雪。

と私的には「枕草子」を書きたいところであるし、大多数の日本人が納得するところではないでしょうか。

しかし清少納言はあえて枕草子の中では

春はあけぼの。
夏は夜。
秋は夕暮れ。
冬はつとめて(早朝)。

とつづっています。

 

「春はなぜ曙」なのでしょうか。「春は桜」でしょ。

春は桜のほうがぴったりきます。

現代人が誰も見てないような曙をあげたのでしょうか。

単なるへそ曲がりなのでしょうか。

 

清少納言枕草子という随筆の文頭を飾るのに「桜」では花としては梅に先を越されているし、又「言い古された言葉で平凡すぎる」と思って避けたのでしょう。
また「桜は1週間しか持たず、逢えるのに1年かかるので日常的ではない。

世間人と同じことを書いても面白くなく、個性ある自己表現をする」ために春はあけぼのとしたのでしょう。

同じように早朝を表現することばとしてもう少し早い朝を表す「東雲」があります。

しかし「しののめ」という言葉が男女の別れを暗示しつつ早朝の情景を表現するのに対して「曙」は再会、めぐり合い、夢や希望を暗示し、ひいては始まりの意味を込めて「春は曙」と表現したのだと思います。


「桜は春の象徴であるが始まりではない。

曙は一日の始まり、季節の始まり、ひいては枕草子という随筆の始まり」としてふさわしく感じたのでしょう。始まりという点に重点がおかれています。

やはり「春は曙」で始まる必然性があったのですね。

 

曙は毎日繰り返されるが同じではない。清少納言は人生を螺旋階段を行き来しているようなものとして捉えていたのではないでしょうか。

曙は壮大な宇宙のドラマであり、人生そのものと考えていたのです。

 

ひとつ残念に思うのは清少納言枕草子第一段では「朝と夜」しか記述がありません。
昼間は寝ていたのでしょうか。
それとも忙しくてかまってられなかったのか気になるところです。

 

※「しののめ」とは美しい言葉ですが「しののめ」を「東雲」と漢字で書くのは、「東の空」の意味からの当て字です。しののめの語源は、「篠の目(しののめ)」であろう。といわれています。

 古代の住居では、明かり取りの役目をしていた粗い網目の部分を「め(目)」といい、篠竹が材料として使われていたため「篠の目」と呼ばれたようです。

この「篠の目」が「明かり取り」そのものを意味するようになり、転じて「夜明けの薄明かり」や「夜明け」も「しののめ」と言うようになったとされています。


■参考
『春はあけぼの』


原文

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほかにうち光て行くもをかし。雨など降るもをかし。

秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。

冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。


現代語訳(口語訳)

春は明け方が良い。日が昇るにつれてだんだんと白くなる、その山の辺りの空が少し明るくなって、紫がかっている雲が長くたなびいている様子が良い。

夏は夜が良い。月が出ている夜はもちろんのこと、(月が出ていない)闇夜もまた、蛍が多く飛び交っている様子も良い。また(たくさんではなくて)、蛍の一匹や二匹が、かすかに光って飛んでいるのも良い。雨が降るのもおもむきがあって良い。

秋は夕暮れが良い。夕日が差し込んで、山の端がとても近くなっているときに、烏が寝床へ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽と飛び急いでいる様子さえしみじみと感じる。ましてや雁などが隊列を組んで飛んでいるのが、(遠くに)大変小さく見えるのは、とてもおもむきがあって良い。日が落ちてから聞こえてくる、風の音や虫の鳴く音などは、言うまでもなくすばらしい。

冬は早朝が良い。雪が降っている朝は言うまでもなく、霜が降りて辺り一面が白くなっているときも、またそうでなくてもとても寒いときに、火などを(台所で)急いでおこして、(部屋の)炭びつまで持っていく様子も、たいそう冬にふさわしい。昼になって暖かくなると、火桶に入った炭火が白く灰っぽくなっているのはよくない。

3月23日東京管区気象台は「桜の開花」を発表 花見は「別バラ族」「部ランチ花見」

●3月23日
23日、東京管区気象台は「桜(ソメイヨシノ)の開花」を発表しました。
平年より3日早く、昨年より2日早い。
関東ではトップの開花です。

東京都心で桜が開花 平年より3日早く

 気象庁は23日、東京都心で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表した。平年より3日早く、昨年より2日早かった。

 23日午前11時ごろ、開花を観測している靖国神社(東京・千代田)の標本木で5、6輪以上咲いているのを、同庁職員が確認した。約1週間で満開になる見込み。

 東京都心では3月中旬に平年を上回る暖かい日が続き、開花がやや早まったとみられる。


※「サクラの開花日」とは、標本木で5~6輪の花が咲いた状態となった最初の日をいいます。

なお、本日、
岐阜でもソメイヨシノの開花が観測されています。
(平年より3日早く、昨年より1日早い)

桜は、一般的に咲き始めてから1週間程度で、満開を迎えます。
東京では3月31日に満開になる予想です。
(3月20日の時点での予想)

開花から10日間くらいは、強い風や雨でも散ることはなく、
美しい花を楽しむことができるでしょう。


日本気象協会

■花より団子のトレンディスタイル

お花見の参加にあたっては、76.5%の人が花よりも“団子(食事)”を重視する傾向に。また、お花見といえば桜の木の下でお酒や食事を楽しむスタイルが定石ですが、今年は「屋外での花見を短縮し、室内の飲食店で宴会」を希望する人も20.9%いたとか。
「桜は見るけど、宴会は屋内」という“別バラ派”も出現しているそう。桜のシーズンはまだまだ肌寒い日も多いですから、花見は花を見るだけで、その後飲食店で落ち着いて交流するというのもいいかもしれませんね。

屋外でのお花見は場所取りや気温などがネックになるので、こうした“別バラ族”はある意味賢い選択と言えるかもしれません。


会社の休み時間も有効活用?“部ランチ花見”にも注目

さらに、「会社でお花見を兼ねたランチをしたことがある/したいと思いますか」と尋ねたところ約60%の人が「ある/したいと思う」と回答したそう。桜の見頃が必ずしも休日と重なるとは限らず、天候によっては仕事がある平日もお花見チャンス。会社の近くに桜の名所がある人は、部内の交流を兼ねて“部ランチ花見”を計画してみては?

 

■鹿児島の桜、日本一早い開花

 

開花が発表された鹿児島地方気象台ソメイヨシノ標本木=21日、鹿児島市郡元
 鹿児島地方気象台は21日、鹿児島市の桜(ソメイヨシノ)の開花を発表した。全国で最も早い開花で、平年より5日早く、昨年より1日遅い。
 
■桜開花宣言
●3月21日
鹿児島、熊本、名古屋で開花宣言が行われました。

●3月22日
午後6時までに6県で桜が開花しました。
静岡、高知、福岡、佐賀、長崎、宮崎の6県です。


各地の桜開花の平年差、そして前年との差、
桜開花が確認された時間、きょうの最高気温は以下の通りです。

福岡:平年より1日早く、昨年より3日遅い
【午前9時過ぎ】 最高気温:18度4分

静岡:平年より3日早く、昨年より2日早い
【午前9時30分頃】 最高気温:18度8分

高知:平年と同じで、昨年より4日遅い
【午後3時前】 最高気温:20度3分

長崎:平年より2日早く、昨年より2日遅い
【午後3時前】 最高気温:17度5分

宮崎:平年より2日早く、昨年より3日遅い
【午後3時ごろ】 最高気温:23度8分(今年最高)

佐賀:平年より2日早く、昨年より3日遅い
【午後4時ごろ】 最高気温:19度8分